宮崎へ
5月から飛行機のマイレージの交換ポイントに変更があるということで、「エェ~!」と驚いた私は、以前から行きたかった宮崎へ行くことにしました。
宮崎県はご存じのように「古事記」や「日本書紀」の舞台となる「神話の国」であり、神々の伝説が残るパワースポットが点在している魅力あるエリアです。
今回は特に自分のルーツとなる「海の民」の足跡の残る鵜戸神宮と青島神社そして、宮崎神宮、そして、旅の最後に宮崎県立美術館へと行きました。
不思議な偶然が重なる興味深い旅となりました。
「瑛九」という芸術家
「つばさ」という大きな絵が中央にありました。
圧倒的な数の点描で描かれた作品を見ていると、時空を超えて大きな宇宙の果ての高みにまで暖かい光に包まれながら連れていかれそうになるような圧倒的なエネルギーを感じる絵でした。
私は、今までのこの芸術家を知りませんでした。
宮崎県立美術館は、地元で誕生した「瑛九」という芸術家のコレクションを1000点近くも持っており、常設展として、無料で瑛九の作品を心ゆくまでに見ることができます。
私には、ライトに照らされた点の一つひとつが透明感を持ち、光を放っているように感じました。
一つ一つの点はお互いにつながりあい、波のようになり、見ている私は、まるで宇宙に吸い込まれていくように感じました。
この人は、自分が包まれている見える世界も見えない世界をこんな風に感じていたのだろうなあ、そして宇宙とつながりを感じながら生きていたのだなあと感じさせるような絵ばかりでした。
「いったい彼は、どんな人だったのだろうか?」
美術館の中には、小さな図書館もあり、所属している美術品関連の本がとても見やすく並べられていました。そこで、何冊か彼についての本を読んでみました。
すると、この作品は、瑛九の絶筆だったということが分かりました。
彼は、この絵に取り掛かるときに「自己を決定する仕事にとりかかる」と言って、この作品にとりかかったそうです。
自分の命の期限をその芸術家独特の感覚で感じ取っていたのかもしれません。
彼の奥様は、彼がこの絵に取り組んでいる時、毎日毎日この絵の彼のエネルギーが吸い取られていくように感じ、とても不安で悲しかったと本の中で述べておられたました。
まさに天に召される直前の、生きている彼の一つ一つの命の輝きを忍耐強く、死への恐れ受け入れつつも、脇に置き、キャンバスに写し取っていたのでしょう。
彼の観ていたもの
松涛美術館の「前衛画家の大きな冒険 瑛九」という本の「挨拶」の部分で、彼は、10代のころから松尾芭蕉や良寛に深く傾倒して俳句に親しんでいたこと、また、「静坐」(岡田式静座法)による精神修養を大切にし、日課として取り入れていたことなどが紹介されていました。
「坐禅は無念無想を要求す。然れども静坐にて無念無想を求ること亦不可なり。
無念無想にならんと求むる間は無念無想は来らざるなり。
彼岸に着かんと求むる勿れ。 カイを棄て、カジを棄て、
宛かも扁舟の水に漂う如くせよ、一葦の往く処にまかする如くにして坐るべし。
外界の響が耳に入り来ることもあらん、妄念の心頭に現われ来る
こともあらん。ありとも頓着するには及ばず、
強て之を掃い除けんと煩悶すること勿れ。
草木を見よ、何の求むる所なし、而かも断えず水を揚げ、
しんしんとして繁茂す。草木の如くにして坐せよ。」
というのであります。
これは、単なる健康法ではなく、自己の内面を深く見つめ、彼の創作活動の根源となっていたようです。
いくつかの展示室に分かれている彼の作品群は、その初期のころから、光と影を意識した前衛的な作品を製作し続けています。
幾度か作品の視点の変化があり、そして、死を意識するころからでしょうか、まるで太陽のような明るさを持った点描を扱ったもの、宇宙の一つの存在としての地球と様々な星を見ている眼を描いた作品などが続きます。
そうして、草木のように坐し、命の輝きを研ぎ澄ました彼の生命のあかしとして残したもの、あたかも「命を注ぎ込み、しんしんと昇華させていく姿」のような遺作「つばさ」…。
みなさん、もし宮崎に行かれたなら、宮崎県立美術館の「瑛九」の作品をご覧になってみませんか?

