Ancient One World  #1

私たちの生きる世界はそれぞれ個別の歴史を持っていると考えられているが、もしかしたら根源的な所では深く繋がっている可能性がある。私たちに最もエネルギーを与えている太陽という存在は、死と再生というサイクルを人間に意識させる対象となる。
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夜明け前

 夜明け前の薄暗がりの中、ナセル湖にアザーンと呼ばれるイスラム教の祈りの呼びかけが響きます。
 ここはエジプト、アブシンベル神殿の近くです。現地ガイドさんが説明によると、エジプトは、約90%がイスラム教徒だとのことです。
 日本での摂心でも、このように1日の夜とから朝に、そして昼から夜に移り変わるの境目の時間に静かに座わり、心を落ち着けることはとても大切だと教えられました。宗教を問わず、世界中でこの時間帯にお祈りをしたり、静かに瞑想していると思うと、人類共通のとても大切な時間帯だということが分かります。

「ミイラ発見ものがたり」

 小学3年生のちょうどこの季節、私は、インフルエンザにかかり、体力が回復せず学校を休んでいました。退屈そうな私に母親が本を買ってきてくれました。その本が「ミイラ発見ものがたり」という子ども向けの本でした。
 当時の表紙のミイラの絵は衝撃的でした。茶色の人型がとても不気味にけれどもとても興味深く感じました。

 また、ハワード・カーターがツタンカーメンのミイラを発見し、その棺を開いた時の印象が描かれていました。
 確か、「ミイラの胸の上にはスミレの花が捧げられており、3000年以上の時を経ても微かに色が残っていた。それはまだ10代の幼さの残る王妃が彼の胸に置いたものだろう。あっという間にその花は粉々になり消えていった。」という内容だったと記憶しています。

 死んだ人を生き返らせるためにミイラにする、それは小学生の私にとって衝撃的なことでした。いつか必ずエジプトに行き、この目でツタンカーメンを見てみたいと思いました。

 そして、月日は流れ、2025年1月にようやくその夢をかなえることが出来ました。何十年の時を経て、「いよいよツタンカーメンに会える!」と私は、期待と同時に少し怖さも感じていました。

 ついにその時が来ました。はっきりと明確に見て、感じてみたいと思い、呼吸を意識しながら地下への階段を降りていきました。するとガラスのケースの中に彼が眠っていました。私たちと大きさはそれほど変わらない小柄なご遺体でした。 
 
  「え!茶色の干からびた人体…。あの本の表紙といっしょ…。」正直な感想です。上部から見ると何かまだ幼さの残るような感じでした。この王があのきらびやかな黄金のマスクや調度品、棺の主なのか…。
 係の人がガラスケースの上から顔の写真を撮ってくれたのも意外でした。

 玄室は、綺麗に修復され、故ツタンカーメンが自らのカーに伴われ、冥界のオシリス神を抱き、また抱き返されて死後、イアルの野に入ることが保証されたところなどがはっきりと見て取れます。幸運なことに人はあまりおらず、しばらくの間、独占状態でした。

 しばらく目をつぶり静かに呼吸ながら、自分の中に現れる感覚を感じてみました。「ああ、今、私はツタンカーメンのお墓にいる。少し生暖かい、しっけた感じがする。3000年以上も、この墓の中で姿形が少しずつ変化していく自分をどう思っていたのだろうか?このような形ではなくむしろ砂に還って、風に乗り、自由に世界を回っていた方が良かったのではないだろうか?彼の魂はいまどこにいるのだろうか?王権を手にしたことをどう感じていたのだろうか?」

 自分で「あまりに日本人的な…」と感じました。思いや考えや感情は、すべて今の私というフィルターを通したものだということがはっきりと感じられます。

 非日常的な体験は、自分を観察するまたとない機会だなあと感じました。私という限界を感じながら、一方で直感的に開かれていったのは、またこの後、別の場所でした。

諸行無常

 ルクソール神殿の列柱廊にツタンカーメン時代のオペト祭のレリーフがありました。現地ガイドさんの説明によると、「多神教の世界から強烈な宗教改革を行い、アテン神を唯一の神として崇めた異端の王として名高いアクエンアテン、彼がツタンカーメンの父親でした。アクエンアテンの一神教の時代には禁止されていたオペト祭りが、息子のツタンカーメンの治世に復活し、軍隊や船の漕ぎ手が王を讃えながら行進している美しいレリーフです。人々が神々を喜んで迎え入れている様子が描かれています。」との事でした。

 息子のツタンカーメンの治世に再び多神教に戻ったことは、彼の意図したことなのか、それとも…。

 私は、心理職なので、頭の中で、自然とツタンカーメンをアセスメントしてしまいます。成育歴における強大な父親の存在、側室の母親、身体の特徴、年齢、彼を取り巻く周囲の人々など…。

 しばらく眺めていると、なぜかミイラのどこか寂し気な顔を思い出しました。直感的にこのレリーフは彼が作れと命じたものではないような気がしました。(これは私の個人的な感想です。)

 その後、日本に帰り、中近東文化センターの今月の一品に興味深い記事をみつけました。また、名古屋大学の河江教授のYou-Tubeでは、ツタンカーメンのミイラには再生に必要な心臓が見つかっていないこと、またミイラの頭部の甘布に縫い込まれたアテン神(アメン神ではない)と護符のように貼られた大量の冥界のオシリス神など…。
 ご興味のある方は是非見てみてくださいね。

 また、様々なことに気づきました。
 カメラのアングルに入りきれないぐらいの大スケールの遺跡、そして黄金の財宝、何千年にも渡るきらびやかな歴史と神様と王族たち。そして長い時を経て私の目の前に現れた干からびたミイラ…。

 すべてのものは変化する…。望ましいと思うものも、不快だと思うものも、そのどちらでもないものも…。(続く)

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