巡礼の旅Ⅱ Mexicoへ

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Mexico往きの飛行機の中で

 昨年の3月末から4月にかけて四国お遍路の旅に出ました。

 今年は、私の母方ハプログループの「海の民」がアメリカ大陸に広がった可能性のあるメキシコへ行ってみたいと強く感じました。

 成田空港からメキシコまで、旅の始まりです。

 さっそく、飛行機の中で、飲み物の提供が始まります。
 私の横はメキシコ人の20代の女性でした。若い男女の5人ぐらいのグループでした。
 みんな、日本のビールの銘柄を指定して飲むので、「日本のビールお好きなんですね。」と声をかけたのがきっかけで、楽しい会話が始まりました。

 彼らは、メキシコからの交換留学生の一行で、日本での研修を終えての帰途だそうです。

 日本の食の話から、神社仏閣への訪問、アニメ、メキシコの家族や観光地の話など、自分のスマホの写真を見せながら話してくれます。また、自国の歴史の暗部についても率直に話してくれました。


 歴史は事実としてあるけれど、それはそれとして、今ここでせいいっぱいこの瞬間を楽しみ、慈しみ、生きているメスティーソであろう彼女を横顔を見ていると、これから彼女の人生が力強く花開いていく、そんな若い人のエネルギーを強く感じます。

 このような太陽のような明るさとエネルギーで、彼女の祖先たちも現実を受け入れ、生きてきたのかもしれないとふと思いました。

サンタ・クルス修道院

 ケレタロという美しい街に行きました。

 現在のサンタ・クルス修道院がある場所の入り口付近に、「コニン」というキリスト教化に抵抗する先住民族(チチメカ族)の首長の像がありました。

 ガイドさんによると、 「チチメカ族の首長のコニンらとスペイン・オトミ族連合軍との間で、1531年7月に朝から、双方武器を使わず、素手と足技だけで戦うという肉弾戦が激しく繰り広げられたそうです。

激闘のさなか、空が突然暗くなり、戦場が闇に包まれました。その時、空に「まばゆく青白い十字架」が現れたそうです。コニンは、それを見て「これ以上戦っても、敵も味方も人が死ぬだけだ。」と感じ、敵の神の強さを認め、敗北したそうです。」

 この銅像の前に立ち、この話を聞いていた私は、突然、目の前にその時の様子が浮かび、彼の思いや体を切り裂くような決断が深く胸やお腹に感じられ、涙が出てしばらく動けませんでした。

 自分でも驚きました。しばらく、足の裏の感覚や呼吸を意識しながら、佇んでいました。

 「彼なら死ぬまで戦えただろうに…、またチチメカ族なら最後に一人まで戦っただろうに…。それをしなかった…。双方の命を救うことにしたんだ…。」と感じました。

 そして、何かわからない大きな衝撃から、動けるようになってから、サンタ・クルス修道院に入りました。


 すると中央の祭壇に朝日が当たり、なんと十字架が青白く光っていました。

 私はクリスチャンではありませんので、感じたことを書きますが、ご容赦ください。

 日本人の私が感じたこの光景は、「イエス様の上に神様(十字架)がおられ、そしてそれらすべてを優しく太陽の光が、教会全体の空間を包み込み照らしている…。」


 そんな厳かで静寂に包まれた光景がそこにありました。

慈悲喜捨

 このガイドさんのお話からは、一見スペイン側の「キリスト教の勝利」のようにも感じました。

 けれども一方で、コリンらチチメカ族先住民たちが、青白い十字架という超自然的な象徴を見て、大陸の他の地域で行われてきたような「すべてを消し去ってしまう判断」ではなく、お互いの尊厳のギリギリのところで自我を捨て、生きていく道を選んだことは、先人たちの大いなる智慧だったのかもしれないとも感じました。

 このセント・クルス修道院では、人間の罪を明らかに照らし出し、同時にその苦しみを取り去り、そのすべてをあたたかい光で照らし、優しく包み込むようなさらに大いなる存在を感じました。

 「慈悲喜捨」という言葉が私の心に浮かびました。

 このような命のギリギリのやり取りの中で生まれた幾千もの智慧が、やがて、太陽と豊かな自然、そして長い歴史を持つメキシコという大地で、飛行機の中で出会ったような彼女たちを生み出してきたんだなあと思いました。

 そして、もしかしたらこの地のメキシコの人たちと私の祖先は繋がっている…。

 修道院の中で、ここに導いてくれたことに感謝の祈りを捧げました。

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